「スマホ脳 ― 人類の進化の観点から ―」

 自動車や電気、スマホは我々にとってごく自然の存在であるが、我々自身が子どもであった時代と比べると実に便利な世の中になった。そして今、多くの人がスマホを1日平均4時間使い、2割の若者は7時間も使うそうだ。朝起きてまずやるのは、スマホに手を伸ばすこと。1日の最後にやるのは、スマホをベッド脇のテーブルに置くこと。私たちは1日に2600回以上スマホを触り、平均して10分に1度スマホを手に取っている。 

 人類が誕生したのは、およそ500万年前のアフリカである。その後、猿人(約500万年前に出現:アウストラロピテクス)・原人(約180万年前に出現:ホモ・エレクトゥス)・旧人(約20万年前に出現:ネアンデルタール人)・新人(約4万年前に出現:クロマニョン人など)の順に進化して、今に至っている。この間、狩猟や採集、そして農耕へと変わっていくが、人類が生きた期間の99.9%の期間は食料が不足していた。この飢えた環境の中で、いかにして生存し、遺伝子を残すかが基本命題であった。 

 「スマホ脳」の著者アンデシュ・ハンセンによれば、この“生き延びて、遺伝子を残す”という基本命題に基づいて人類は進化(身体も脳も)してきたそうだ。明日食べ物がないかもしれない環境では、目の前に食べ物がある時にできるだけ沢山食べて体内にストックし、空腹のときにエネルギーを補給する。また、脳は生き残るために“今、どうすればいいか?”を常に問いかけ、周囲の環境を探る機能を進化させて、生き残る確率を高めてきた。 

 人類が生きてきた99.9%の「飢餓」の時代の一般的な死因は飢餓、干ばつ、伝染病、出血多量、そして誰かに殺されることだった。今は「飽食」の時代となり、一般的な死因は、心臓血管障害と癌であり、高カロリー摂取による肥満や糖尿病、血管障害が増え、精神不安を訴える人々も増加している。人類の進化の前提であった飢餓社会(99.9%)が飽食社会(0.1%)に急激に変化し、我々の身体も脳も適応できていないのが今である。 

 周囲の環境を理解するほど、生き延びられる可能性は高まる。そのために人間は、新しい情報を探そうとする本能を発達させてきた。この本能の裏にある脳内物資が「ドーパミン」である。新しいことを学ぶと脳はドーパミンを放出する。  
  
 我々の祖先が生きた時代は、食料や資源が常に不足していた社会であり、それを得んがために新たな可能性を求めて移動するように、突き動かしたのであろう。今も脳は基本的には昔と同じままで、新しいものへの欲求は残っている。しかしそれは、単に新しい場所を見たいという以上の意味を持つようになった。それは、パソコンやスマホが運んでくる新しい知識や情報である。パソコンやスマホのページをめくるごとに、脳がドーパミンを放出し、その結果、私たちはクリックが大好きになり、スマホを離せなくなるのである。       

ラーニング・システムズ
高原コンサルティングオフィス                                                
 高原 要次