「儒教」は、孔子によって体系化されたものである。紀元前6世紀頃の中国は「春秋時代」と言われ、諸国が戦い争う中で、魯国に生まれた孔子は、堯・舜・文・武という古代の君子たちの政治を理想とし、武力によって他者を支配しようとする覇道を批判し、君子の徳によって政治を行う王道で天下を治めるべきだとした。
孔子の基本理念は「仁(じん)」という道徳概念である。「仁」とは、「人を愛すること、他者への思いやり」という意味で、それぞれの個人が「仁」を体現することにより、社会に秩序が保たれるとされる。孔子は、人間は社会的生物であることを前提とし、感情を形として表すための規則や慣行である「礼」を構築した。「礼」を実践することにより、家族が秩序立てられ、さらに家族を超えて社会が安定することとなるため、「礼」は社会規範となり、のちに政治理論としても発展して行く。
儒教の最高の価値は「天」である。「天」とは、いわば宇宙の大原則で、「天」が命(めい)として人間に付与したものが「性」である。「性」とは、持って生まれた人間の本性のことで、「仁・義・礼・智・信」(五常)がそれにあたる。
孔子の死後は、その弟子たち、そしてまたその弟子の弟子たちによって、その思想や学説が深められて行き、特に孟子は哲学としての儒教(儒学)を深め、荀子は文献学として儒教(儒学)を深めた。
宋の時代(12世紀)には朱子が儒教の一派である「朱子学」を成立させる。朱子は儒教の規範として「四書五経」を定めた。四書とは『論語』『大学』『中庸』『孟子』、五経は『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』である。
朱子学は、鎌倉時代に日本に伝わったとされ、江戸時代には徳川幕府が朱子学を正学として採用し、明治維新につながる思想の土台となった。その後、近代日本においては政財界人や研究者など、幅広く日本人の思想に大きな影響を与えた。
儒教の理念は「修己治人(己を修め人を治む)」であり、その意味は「自己の修養と同時に他者へ貢献する」ということである。
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